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(修学旅行中場つなぎ記事)

これは、浮気になりますか?






夢でなら、君に会える。


   ドロップアウト


「昨日さ、夢で晴果ちゃんに会ったよ」
「そんなこといちいち報告してこなくていいよ」
朝の学校へ向かう道で、慎は眠そうな目をこすりながら、でも何とか話題を見つけようと、そんな話を始めたのだろうと思う。
私が容赦なく断ち切った話を何とかつなげようと、慎は寝起きのうまく回らない口で話し続けた。
「一緒の大学に行くんだ。それで一緒の講義を受けて、スタバで勉強して帰るの」
「・・・逆夢じゃない?」
「さかゆめ?」

口ではつっぱねながらも、私はやっぱり、嬉しかった。
慎の夢に自分が登場したこともだけれど、内容も。
近ごろぐっと寒くなって、冬へ向かっていることをひしひしと感じる。
中学生まで住んでいたあの地ならまだまだ温かいのかもしれないけれど、一般に雪国と呼ばれるこの地は、冬の訪れが本当に早く、春の訪れは本当に遅い。

「ねえ、さかゆめって何?」
「自分で調べなよ。このままじゃ本当に逆夢になるよ」
「じゃあ電子辞書かして」
あとでね、と適当にあしらっていると、少しずつ学校が見えてくる。
この光景を見るのも、もう二年目になる。冷えた指先を握りながら、これから来る本格的な冬を想像して身震いした。
恐ろしいほどの寒さもだけれど、その冬の先のことを想像してのことだ。
母に認められたくて必死に勉強した中学受験と、妹の未海から逃れたくて必死に安全圏をキープし続けていた高校受験、あれらとは比較にならないほどに大きな試験に向けて、冬が明けたら勉強漬けの日々になる。

「ああ、寒いねえ」
「もう冬なのかな。やっぱり早いね」
「手つないでいい?」
「だめ」
テレビでよく見る『いちゃつくカップル』にはなりたくなかった。
最初から分かっていたのか、拒否されても慎はしつこくせがんだりはしなかった。
つなぎたいのは山々だけど、なんて。


『水野晴果様。
メールは結構してるけど、手紙を出すのは久しぶりです。
晴果ちゃんが違う高校に行ってからもう二年も経つんだね。
カレンダーの年を見て、なんだかびっくりしてしまいました。
私は相変わらずのメンバーで、エスカレーター校らしくだらだら過ごしてます。
もはや何の刺激もない毎日。5年も同じ学校で過ごしていると、男子にも何にも感じなくなってきます。みんな友達。同じ学校で付き合ってる子とか見るとすごいなって思っちゃう。私だけなのかなあ?

いきなり手紙を出したのは、夢のせいなんだ。
正直言って、ここしばらくは晴果ちゃんのことを忘れてたの。
でもこの前、夢に晴果ちゃんが出てきて・・・。つっちゃんと、ゆきちゃんと、妙姉と、私と、晴果ちゃん、中三のときのお弁当メンバーでずっと騒いでる夢でした。
起きたとき、中三は楽しかったなあ、まだこんなに枯れてなかったなあ、晴果ちゃん元気かなあ・・・って色々思い出して、特に用もないのに手紙を書きました。
さすがにこんな長文をメールで送る気にはなれなくて。手紙にした理由はそれだけ。
もうすぐ高三だとか、受験がどうのとか、疲れることを聞きすぎたせいで、楽しかった時期に逃げたくなってるのかなあ。
大学は東京に戻ってくるって前の手紙で書いてたけど、その気持ちは今でも変わってませんか?
変わってなかったら嬉しいなあ。なかなか遊べないから、大学生になったら会いたいね。
またあのメンバーでわいわいもしたいし。

こんな内容のない手紙だけ送るのも悪いから、最近見つけたお気に入りのアメも一緒に送ります。いい夢をいっぱい見れる、って評判みたいです。
私もこれを舐めた日に晴果ちゃんの夢を見たからあながち間違ってないかも、なんて言ったら、晴果ちゃんは『ほんとに騙されやすいんだから』って笑うかな?
そっちは寒いだろうから、風邪ひかないようにね。
市橋杏子』


中学時代の一番の友人から、いきなりの手紙が来た。
杏子とは、私が別の高校に上がると言ったときに、手紙を書こうという約束をしていたのだ。とは言っても別に定期的にではなくて、思いついたときにぺらっと送りつけるだけの、気楽な約束だ。
それで離れるくらいならその程度の関係だったんだよ、と中学の卒業式終わりの教室で、杏子は少しだけ目を潤ませながら無理して笑っていた。
私は机のスタンドライトを消した。

アメを入れるためにずいぶんと大きな茶封筒で送られたその手紙。
私はアメを取り出し、まじまじと眺めた。カラフルで、原色に近い色たちがパッケージを彩っている、いたって普通なアメに見える。
はさみで袋を開き、一つ取り出してみたけれど、やっぱり普通のアメだ。
袋を破って口に放り込む。レモンの酸味が強いけれど、まあおいしい。

「晴果、何食べてんの?」
二段ベッドの上段から杏沙が顔をのぞかせる。
私は杏沙を見上げて、アメの袋を掲げて見せた。
「アメ。中学のときの友達が送ってきた」
「ちょうだい」
「いいよ」
一つ取り出して、ぽいと投げた。
杏沙は取り損ねそうになりながらも何とかキャッチして、ありがと、と笑いかける。
かさ、と袋を破く乾いた音が上段から聞こえた。
「ん、おいし」
「あ、でももうすぐ消灯だよ」
「やば、歯磨きしてない」
噛み砕けるかな、と顔を見合わせたが、顎にぐっと力を入れてアメを噛むと、案外簡単にアメは砕けた。がりがり音を立てながら飲み下して、私たちは洗面所に向かった。


「鮎川」
「水野じゃん。久しぶり」
昔のあどけない雰囲気を少しだけ残して、鮎川碧希は笑った。私は懐かしさに襲われた。
初恋の人、だ。
「変わってないかと思ったけど、やっぱり変わったかも」
「どっちよ」
「わかんね。なあ、俺は?変わった?」
「わかんない」

中二と中三のとき、私は鮎川と同じクラスだった。
学級委員で、二人で会を取り仕切ったこともある。男子の中では一番よく関わった人。
明るくて、男子のわりにちょっと気がきいて、あっけらかんとした人。
特別一緒にいたわけではないけれど、何かの活動で同じ班になればよく話したし、席替えで席が近くになればちょっと嬉しかった。そんな存在。
これが恋だと気付いたのは、高校受験を決めた時だ。
私を追って同じ中学に入ってきた未海が嫌で、地方の寮制の高校に編入しようと思い立ったのが中三の春。未練はあまりなかったけれど、ずっと心に引っかかったのは、仲がよかった友人と、ほかでもない鮎川だった。
高校を変えたら鮎川にも会えないのか、とぼんやり思ったら、胸がしくりと痛んだ。
結局告白はしなかった。というより、告白は選択肢になかった。
このまま離れるしかないし、と諦めていたのだ。

卒業式後に、クラスの前で学級委員として二人並び、一人ずつ挨拶をした。
鮎川が先に挨拶をして、その後に私は、高校は別の学校に行くことを、初めてクラスメイトに発表した。特別仲がよかった杏子と、当時一緒につるんでいた三人の友人には話していたけれど、他の子たちに言うのは、初めてだった。
教室は私の想像以上にどよめいて、形だけの卒業式だもんね、と笑っていたある女の子はいきなり泣き出した。よく一緒に騒ぎあっていた男子も、遠くから分かるほどあっけにとられていた。
ちらと隣を見ると、鮎川はぽかんと私を見ていた。そして絞り出すように、つぶやいた。
「水野」
「今までありがとうございました」
私は目の奥がつんと痛くなったのを感じた。
鮎川の声は聞こえなかったふり。
お辞儀をして、目をぎゅっと閉じて、溢れそうになる熱いものを押し込める。

ねえ、そうでしょ。泣いたら、私じゃないでしょ?

「なあ、水野」
「三年間楽しかったです。本当にありがとうございました」
初恋の人。
今はもう恋愛感情なんてないけれど、今でも思い出すと、愛おしく思える人。
そして今、目の前にいる鮎川は、あのときの面影を少しだけ残して、隣で笑っている。
「なあ、水野」
「なに?」
「俺さあ、本当はさあ・・・」


「晴果、遅刻するよ」
「え、あ」
杏沙が私の顔を覗きこんでいた。
カーテンのすき間から朝日が入りこみ、少し起こした私の顔に当たった。
「珍しいね、晴果が寝坊なんて。早くしないとほら、朝ごはん片付けられちゃうよ」
いつも私が杏沙にかけている言葉をそっくりそのまま返された。
杏沙はしてやったりといった表情で、必要以上に私を急かす。
私はまだ半分夢の中にいるような心地のまま、のろのろと着替えて、さっと髪をとかしてから杏沙と一緒に部屋を出た。
古いなりにきれいに掃除のなされた廊下をぼんやり眺めながら行く食堂への道で、私は夢のことを思い返していた。
鮎川の、最後の言葉の続きは?
夢だなんて、分かっている。
分かっているのだけれど、気になってしょうがなかった。


「そうそう、今日の夢すっごい楽しかったの」
「夢って・・・夢の話かい」
杏沙は卵焼きを口に運びながら、その楽しかった夢の話を続けていた。
それを受け流し気味に、千花と織亜は適度に相槌を打ちつつ聞いてやっている。
私はおもむろに味噌汁のお椀に手をのばし、火傷をしないようにおそるおそる啜る。
湯気が熱くて油断したとき、味噌汁で私は盛大にむせた。
「ちょっと、晴果大丈夫?」
「だ、いじょぶ」
息が苦しくて、視界が涙でゆがんだ。
空咳のような嫌な咳が妙に食堂に響いて居心地悪い。
トレイを返しに行く友人が脇を通るときに、みんなこっちをちらちら見て通り過ぎて行くのだ。
私はいたたまれなくなって、杏沙と千花と織亜に身振りで、食堂の外で休憩してくる旨を伝えた。朝から元気な寮生たちの声を背中に受けながら、私はいまだ苦しいままの呼吸を落ち着かせつつ廊下に出た。
壁に寄りかかると、うす黒くなった天井が見えた。それを見て、私はふと思い出す。
そうだ、中三のときに、廊下に鮎川と並んで座って、ただ天井をずっと見ていた日があった気がする。
今朝の夢から、私はずっと鮎川のことを思い出している。

「どうしてこうなるかなあ・・・」
「何が?」
声に驚いて視線を落とすと、そこには慎が立っていた。
頭頂部の毛がぴょんとはねている。子供みたいに無垢な表情で、私を見下ろしていた。
「おはよ」
おひさまみたいに慎は笑った。
「どうしたの、こんなところで」
「味噌汁、で、むせた」
一瞬きょとんとしてから、慎はからからと笑った。
「晴果ちゃんて、ちゃんとしてるんだか抜けてるんだかわかんないよね。大丈夫?」
「うん」
どうしてか、慎へ少しの申し訳なさを感じた。
昨日、夢なんてと馬鹿にしたくせに、今私が夢にとらわれているからだろうか。
鮎川のことばかり思い出しているからだろうか。
わからない。

「慎」
「うん?」
「夢、見た?」
「夢?」
慎は予想外の質問に驚いた様子を見せたけれど、すぐに困ったような笑いを浮かべた。
「今日はね、見たんだけど、晴果ちゃんは出てこなかったよ」
「そう」
「晴果ちゃんは?」
「・・・夢のこと?」
「この流れで誰がサッカーの話とかするって言うの」
慎はまたからからと笑った。
私は何も言えなかった。


「水野、えびせん食うか」
「もらう」
二人で並んでえびせんを食べた。味はしない。
夢か、とここで私は気が付いた。夢に五感は存在しないらしい。
「覚えてる?中二のときさ、俺がお前に始めて話しかけたとき、えびせんあげたんだよ」
「そうだっけ」
手についた塩をそっと舐めた。やっぱり味はしない。
「彼氏できたんだろ、お前」
「彼氏・・・彼氏か・・・」
そんな響きには慣れてなくて、自分の中で反芻する。
「いいなあ、お前の彼氏は」
時が止まる。
私はじっと鮎川を見つめた。
「だって、勉強教えてもらえるだろ」
そういうことね。
「ほら、えびせん全部やるよ。お前しょっぱいの好きだっただろ?」
袋ごと押し付けられて、私は夢と分かりながらも、それを受け取った。覗きこんで、えびせんを一つだけ取り出す。
「ありがとう」
口に入れると、塩気が口いっぱいに広がった。

朝日で目を覚ますと、私は泣いていた。
あの塩気は夢ではなかったのだ。顔をつたった涙が口に入ったらしい。
窓を見やると、眩しい光が、涙の膜を通って目いっぱいに広がった。
次から、あのアメを舐めても、鮎川の夢は見なくなった。



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テーマはファンタジー。あんまりファンタジーじゃないけど、私の精一杯の非現実。


















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